1964年――日本の自動車業界がまだ「メーカー間の模索期」にあった頃。
一台の軽量スポーツカーが、まるで若き技術者の情熱をそのまま形にしたように現れた。
それが、ホンダ S500である。
型式はAS280。ホンダが“2輪から4輪へ”と踏み出した記念碑的なクルマだった。
ホンダS500の最大の特徴、それは「エンジン」にあった。
このスペックは、まさに“バイク屋”ホンダの魂そのものだった。
カムシャフトはチェーンドライブで駆動され、気筒あたり2本のバルブを持つ構造は、当時としては極めて高性能かつ回る設計だった。
車重はわずか725kg。
軽量なボディに5速ミッションとチェーン駆動式リジッドアクスル+トレーリングアームという独自構造を採用。
足回りも“常識外”だったが、ホンダの思想は一貫していた。
「誰もやらないことをやる」――
0→100km/h加速は約12秒台。
最高速は130km/h前後。44psとは思えぬパフォーマンスに、当時のモーターファンたちはざわついた。
ボディは、小さくまとまりながらも、フロントノーズに力感を持たせ、リアには小ぶりな丸テール。
「ヨーロッパのライトウェイトスポーツを参考にしながらも、どこか日本的な実直さ」がにじみ出ていた。
しかしこのS500、販売期間はわずか約1年半ほど。
すぐに後継車種のS600(1964年)へバトンタッチされることになる。
だが、ホンダが最初にこの1台を世に問うたことの意味は、今も小さくない。
後のS800、そしてビート、S2000、S660へとつながる“ホンダスポーツの血”は、
すべてこの小さなオープン2シーター、S500から始まっている。
速さではなく、挑戦する姿勢と思想の自由さ――
それこそがS500最大の魅力であり、今も語り継がれる理由だ。